ストーリーズ
STORIES
ダイビングサービス グラントスカルピン
僕が水中撮影をする上で最も好きな季節が冬です。
特に深々と雪が降る日が好きで、出港準備をしていると、顔馴染みの漁師さんたちも「物数奇め」的な笑顔で見送ってくれます。
ダイビングポイントは南三陸町志津川湾に浮かぶ椿島周辺です。
早朝、雪化粧した島、海面からは立ち昇る「毛嵐」、寒々しくも幻想的な光景です。
船からのぞきこむ海は波穏やかで、連日続く西高東低の気圧配置は、湾内の透明度を高めてくれるため、澄みきっています。
早く潜り込みたい衝動を押さえつつ、念入りに準備を整えていても、目的とする魚のことを考えると顔が変にニヤけてきます。

宮城の小さな漁村に育った僕は子供の頃から海が遊び場でした。
特に素潜りをすることが、僕にとって最高の冒険でもあったのです。
水メガネ(マスク)に足ひれ(フィン)をつけ、海パン一丁という出で立ちです。
大きく息を吸い込み水底目指して一気に潜り込みます。
5mほど先の海の底には僕の好奇心をかきたてる不思議な世界が広がっていました。

砂地には大きなカレイ、岩場には海藻が生え、そこを縫うようにアイナメが泳ぎます。

岩場の穴に手を突っ込むと中にはマダコが隠れ棲みます。

いよいよ息が苦しくなり上がろうと見上げる水面からは光が常に形を変えながら差し込んできます。
そんな訳で夏には3回皮がむけるほど海で過ごしました。
この経験は私にとって大切な宝であり、今でもその美しい瞬間を懐かしく思い出します。

しかし、中学、高校と進学するほど海からは離れた生活になって行きました。
23歳の時、初めて出かけた海外旅行でひょんな事から体験ダイビングに挑戦しました。

宮城の海から遠く離れた南国で、海をのぞいた瞬間に子供の頃の記憶が溢れ出してきました。
元々思考回路が単純な僕がスクーバダイビングに出会い、はまった瞬間だったのです。

見つけた地元のダイビングショップに通いひたすらランクアップに勤しみました。
そんな折に出会った生き物が「クチバシカジカ」という小さな魚だったのです。
例えると猪の子供「瓜坊」によく似ています…魚なのに。
1998年の9月14日の出来事でした。
クチバシカジカは、その頃に出会った魚で「心を鷲掴みにされた生き物のランキング!」で堂々の第一位です!
当時は、ダイビング雑誌やウェブ上で全国のダイビングエリア情報を検索すると、
太平洋の東北沿岸域にはダイビングエリアが存在しませんでした。
もちろんご当地ダイバーの中には潜っていた人もいましたが、オープンに潜れる海は皆無でした。
つまり東北沿岸域にはあまりダイバーが潜っていなかったのです。
そのため、どんな生き物がどのように生活しているのか分からず、その生態について書かれた図鑑を探しても
見当たりませんでした。
見つけた生き物が何なのかを調べる手立てに乏しかったのです。
そのため、自分で写真に記録しておくことがとても重要でした。
それが水中写真を始めたきっかけです。

やがてインストラクターとなり2000年7月に地元の海をガイドする現地型サービスを設立しました。
お店の名前はdiving service GruntSculpin ダイビングサービス・グラントスカルピン!
クチバシカジカの英名をお店の名前としました。
この店名は恩師でもあり尊敬する写真家「中村宏治」さんに命名して頂きました。

そして2022年7月に日本の固有種ということが解明され、ついに新種記載されました。
その学名はRhamphocottus nagaakiiなんと僕の名前が付けられたのです。
初めてクチバシカジカに出会ってから約25年後のことでした。